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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和46年(ネ)9号 判決 1973年5月16日

控訴人 中野勝こと 中野勝夫

被控訴人 国 外二名

訴訟代理人 麻田正勝 外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の被控訴人国に対する予備的請求を棄却する。

当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、主位的請求について。

請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。また、<証拠省略>によれば、本件各農地については、被控訴人ら主張のとおり自創法にもとづき売渡計画が立てられ、昭和二三年八月一五日頃被控訴人大山、同杉尾に対し売渡通知書が交付され、以来同大山が本件(一)の農地を、同杉尾が本件(二)の農地を、それぞれ占有耕作していることが認められる。

控訴人は、本件各農地に対する買収手続は買収令書の交付を欠き、また令書の交付に代えてなされた公告も所定の要件を欠く違法のものであるから、本件買収処分は無効である旨主張するので以下判断する。

本件買収手続において、当時被控訴人に対し買収令書の交付がなされなかつたことは当事者間に争いがないところ、<証拠省略>並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件各農地についての買収令書には所有者の住所氏名として「宮崎県東臼杵郡富島町(現在日向市)細島、中野勝」と記載され、右富島町を管轄する富島町農地委員会に右令書の名宛人である控訴人への交付方が依嘱されたのであるが、同農地委員会は控訴人の所在を確知できず、結局右令書を控訴人に交付することができなかつたので、宮崎県知事は、自創法九条一項但書にもとづき、昭和二四年一二月七日付宮崎県公報をもつて本件農地の買収につき同条項所定の事項を公告し、令書の交付に代えたことが認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

しかるに、<証拠省略>の結果を総合すれば、控訴人は昭和一一九年に県外から前記富島町大字細島に移転してきて、本件各農地に対する買収手続が開始された昭和二二年当時は細島二、六四八番地において家族ともども居住し寄留簿にも右住所を届け出ていたが、同二三年四月三〇日頃家族を伴つて横浜市鶴見区仲通一の六四番地へ転居したものであること、そして、本件各農地の登記簿上の控訴人の住所も右細島二、六四八番地となつていたこと、もつとも、控訴人は、昭和二二年頃から、当時の戸籍上の名「勝」に代えて通称の「勝夫」を一般社会生活上において使用し(但し、前記寄留簿上は「勝」として届けられていた。なお昭和三二年一二月に戸籍上も「勝」から「勝夫」に変更された)、また仕事の都合で富島町大字日知屋三、三八六番地をも住所として使用していたもので、現に控訴人が昭和二一年に富島町内等で買い求め同二二年一、二月に所有権移転登記がなされた山林、原野の登記簿上の住所氏名は右大字日知屋三、三八六番地中野勝夫となつていたこと、そして、右富島町所在の山林、原野については同町農地委員会が買収時期を昭和二三年一〇月二日とする買収計画を立てて未墾地買収されたが、右買収手続においても控訴人の住所氏名は右日知屋三、三八六番地中野勝夫と表示されていること、そして、昭和二五年一月六日頃には、同農地委員会から「横浜市鶴見町八五七番地(控訴人の現住所)」の控訴人あてに氏名を「中野勝夫」と表示して未墾地買収令書受領方要請の通知がなされていること、を認めることができる。

以上の事実によつて考えるに、控訴人が当時通称を使用し、かつ本件各農地以外の土地については登記簿上本件と異なる住所となつていたことが、前示のとおりの住所氏名で表示された本件買収令書により控訴人の所在を確認できずこれを交付できなかつた一因をなしていることはうかがうに難くないけれども、本件各農地の登記簿上の控訴人の住所氏名と寄留簿上のそれとは一致していたのであるし、かつ右氏名と通称との差異も左程著しくはないのであるから、令書交付の依嘱をうけた農地委員会としとても寄留簿等によつて少し調査していれば(これらの調査がなされたことを認め得る証拠はない)比較的容易に控訴人の所在が判明し、令書を交付することができる状態にあつたものといわざるを得ない。このように、買収の対象たる農地の所有者の所在が比較的容易に判明する状況にある場合は自創法九条一項但書の要件を欠くものと解すべきであるから、本件買収令書の交付に代わる公告は違法というべきである。しかしながら、前示の諸事情を考慮すると、右手続上の瑕疵は本件買収処分を当然無効ならしめる程重大かつ明白なものとは断じ難い。のみならず、<証拠省略>によると、宮崎県知事は、農地法施行法二条の規定にもとづき、右公告の瑕疵を補正する趣旨で、昭和四七年一二月一七日、控訴人に対し本件買収についての買収令書を交付したことが認められるので(右令書の交付の点は当事者間に争いがない)、本件においてはこれによつて前記公告手読の瑕疵は補正されたものと解すのが相当であるから(最高裁判所昭和三八年(オ)第一、一〇九号同四〇年五月二八日第二小法廷判決参照)、いずれにせよ本件買収処分は有効になされたものというべきである。

なお、控訴人は、被控訴人らの右公告手読の瑕疵の補正に関する主張を時機に遅れた攻撃防御方法であると非難するが、右被控訴人らの主張は、瑕疵の補正がなされた昭和四七年一二月一七日から約二ヶ月後の同四八年二月一四日の本件口頭弁論期日において陳述されたことが記録上明らかであるから、時機に遅れたものは即断し難いうえ、右主張事実の立証のため被控訴人らが提出した証書<証拠省略>については控訴人において直ちにその成立を認め、何ら反証も提出していないのであるから、右被控訴人らの主張事実の審理によつて訴訟の完結を著しく遅延せしめるものとも認め難いので、控訴人のこの点の主張は採用できない。

そうすると、被控訴人国は、本件買収処分により、買収期日である昭和二二年七月二日に本件各農地の所有権を有効に取得し、更にその後の売渡処分により被控訴人大山が本件(一)の農地の、同杉尾が同(二)の農地の、各所有権を取得するに至つたものというべきで、控訴人は本件買収処分によつてその所有権を失つたことになるから、控訴人が依然として本件各農地の所右権を有することを前提とする本訴主位的請求は失当として棄却を免れない。

二、予備的請求について。

控訴人の被控訴人国に対する予備的請求は、本件買収処分が無効であることを前提とし、被控訴人大山、同杉尾の時効取得により控訴人が本件各農地の所有権を失つたことを理由とするものであるが、右一、で示したとおり本件買収処分は有効になされたもので、控訴人は右処分によつて本件各農地に対する所有権を失つたものであるから、その余の点につき判断するまでもなく本件予備的請求は理由がない。

三、よつて、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であり本件控訴は理由がないからこれを棄却すべく、当審における予備的請求も失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 生田謙二 大西浅雄 柴田和夫)

物件目録<省略>

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